転職者の声

僕自身をかけて神輿として担げる会社を紹介して下さい。  Kさん(36才)

Kさん 36才 営業 半導体製品販売会社

「北田さんって言う人を訪ねなさい。何とかしてくれるから」

京都訛りの人の良いおばちゃん社長にそう言われる1日前、
僕は現場で重い荷物を運んでいた。
荷物も重かったが身の上に降りかかっていた事態はもっと重かった。

会社の立ち上げから参加していたベンチャー企業から給料を
払ってもらうことが叶わず支払日を一日延ばしにされた結果、
不払いの累積が6ヶ月。
何とか債権を確定させ退職したものの我が家の貯蓄は尽き、
家計は火の車だった。

その結果、本業である営業又はネットワークエンジニア系の
仕事で職についても、給料日まで凌ぐ事は不可能であり、
昼夜、日払いのブルーワーカー的な仕事に明け暮れる
事態になっていたのだ。

臥薪嘗胆の思いで働くなか、転職活動へ優先的に力を
割くことには、時間/体力/金銭/精神力など様々な角度から
考えた結果、出来なかった。

唯一の就職活動は、Webである。○○ナビ、イ○○○○ェ○ス、
情報はいっぱい来た。スカウトもあった。
「まずは会ってみて」と必ず言われ、そんな確度の
わからない事に時間を使っている暇はないと思いつつも、
期待して会いに行き、相手に気に入られるよう下準備をし、
それぞれ仮面を用意したが良い結果はなかなか出なかった。

京都訛りの人の良いおばちゃん社長が、オフ・ビートの
北田さんを紹介してくれたのはそんな頃だった。

人間不信に陥りかけていた僕にとって北田さんの
第一印象は決して良くなかった。
色黒で長身、関西弁に茶髪。
そして細身のスーツ。「この人、社長だよな?!」と思った。

本当は藁にもすがりたい、蜘蛛の糸でも登りたいと思って
いたはずなのに、腰が引けた僕は経歴書を元に一辺倒の
自己紹介を淡々と行っていた。

しかし、会って5分もしないうちに北田トークにはまってしまっていた。
関西弁の魔力か?北田マジックなのか?元来、消極的な
人間ではないのだが、そのときの自分は明らかに受身だった。

受身になりすぎた分、その時に話して頂いた事は
今でも覚えている。(詳しく書くと北田さんの活動に
支障が出るかもしれないので、詳細は割愛します。)

■会社と勤め人及び求職者の関係、それぞれのニーズや、個々の事情について。
■会社と勤め人の双方が幸せになる為に果たさなければならない責任について。
■仲介業者さんの役割、活用の仕方について。

テクニック的な話はあまりなかった。
背伸びせず、カッコをつけず、自分が本当に望むモノは何か。
忘れていた一番大事なことを思い出すことが出来た。

最後に「で、どんな会社がいいの?」と聞かれた僕は正直に
「きちんと給料をずっと払ってくれる会社、僕自身をかけて
神輿として担げる会社を紹介してください」と答えた。

漠然としすぎているが、僕はまじめだった。
言い終わってから無理に条件を足すべきかと考えていたが、
北田さんは「わかった。いくつかピックアップするよ」と事も無げに答えた。

その時に、この人は本当のプロなのだと感じた。
オフィスを後にするとき、僕は北田さんを100%信頼できていた。

余談だが北田さんと会った以後、他の紹介会社から
紹介された企業や自身で応募していた企業にも
受かることが出来た。

北田さんは福の神かもしれない。
いつも笑っているから福が降りてくるのだろうか?
是非、見習っていこうと思う。

勤める会社は、悩んだフリして北田さんが仲介して
くれた所に決めた。今日、初出勤を無事に終え、
改めて自分に合っている会社だと思っている。

この感謝は、ありがとうございましたという言葉
だけでは言い表すことが出来ない。
折角、オフビートの仲介で就職できたのだから、
就業後も北田節を聞きにいこう。

これからもよろしくおねがいします。

コンサルタントのコメント

第一印象は悪かったのですね。
Kさんにとって失礼なお話もしてしまったのかな?
申し訳ありませんでした。反省しています。

「何とかしてくれる・・・」と良く言われます。
決してそんなことはありません。僕らがいくら頑張っても
魅力ある人物又は経歴でない限り、紹介は難しいのです。

ただ、「この人ならこういう会社・仕事が良いのでは?」とか、
「あの社長と会わせたら、うまく行くかも?」とかいう、眼力は
磨いてきたつもりです。

最後に一つ、Kさんのように、「6ヶ月も無給で働く人」、
「生活のためにブルーワーカー的な仕事を厭わない人」、
ってそんなにいないような気がします。
できる人は強い! と思います。

Kさん、今後ともよろしくお願い致します。(北田)

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